消化器治療薬
1.胃炎、胃潰瘍治療薬概説
 口から入った食物は、咀嚼によって噛み砕かれ唾液によって分解され、さらに食道を通り胃に至り、ここで胃酸や各種消化液により、さらに分解されます。十二指腸では、膵液、胆汁によりさらに分解され、最終的に吸収できるようになるのは小腸に至ってからです。小腸でも、消化酵素は分泌され、さらに、塩素イオンと重炭酸イオンが分泌されます。そして、小腸、大腸と通過する間に食物の養分、水分は吸収され直腸を通過して排出されます。
 
 胃腸に作用する医薬品は、近年めざましい発展を遂げましたが、基本的には、食事療法と安静が基本です。特に言っておくべきことは、薬が病気を治すわけではないのということです、医薬品を服用しながら暴飲・暴食をする人がいますがこれは傷口に塩を塗るような行為なのです。胃腸系に負担をかけない食事と、睡眠が重要なのです。
 また、胃腸系統は大脳皮質の影響が大きいですから、本来向精神薬に分類されるような薬剤も使用されますが、基本的にはストレスを回避するようにしなくてはなりません。

2.胃に作用する医薬品
 総合胃腸薬、健胃薬というものが市販薬、病院の保険適用薬で広く使用されています。総合胃腸薬の成分を見ると、重曹(炭酸水素ナトリム)などの制酸剤、消化酵素、その他に植物成分が書いてあります。植物成分は漢方薬を基にした場合と、苦味薬、芳香薬があります。

苦味薬
 舌の知覚神経に作用して、反射的に唾液、胃液の分泌を亢進し、食欲を亢進します。ゲンチアナ、センブリ、オウバク、オウレン、トウヒ、ニガキなどがあります。

芳香薬
 苦味薬は、味覚に作用しましたが、芳香薬は嗅覚を刺激して、胃の分泌、胃腸の運動を亢進します。ケイヒ、ハッカ、トウガラシ、ウイキョウ、ショウキョウなどがあります。

消化酵素
 消化液の分泌不足などで消化不良、食欲不振になっている場合に使用します。消化液の成分を補強する場合のほか胃の負担を低減するために使用する場合もあります。
 ジアスターゼ、パンクレアチン、ペプシンなどがあります。

制酸剤
 広く言えば、胃潰瘍治療薬といわれるものは、制酸効果を狙ったものが多いのです。ここでは、胃酸過多の場合などの胃酸を単純に中和するものを紹介し、胃潰瘍治療薬は後述します。
 炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウムは、アルカリ性の物質で、これで胃酸を中和するために使用されます。しかし、あまり中和しすぎると、新たに胃酸が分泌されますので、たくさん服用すればいいものではありません。
 酸化マグネシウム、炭酸マグネシウム、水酸化アルミニゥム、水酸化カルシウムも胃酸を中和して制酸効果がありますが、下剤として使用されることも多いです。
 ケイ酸アルミニウム、ケイ酸マグネシウムは、胃酸と反応して、ケイ酸ゲルを生じさせます。ゲル状のケイ酸は粘膜を覆い粘膜保護作用があり、さらに下剤としての作用もあります。

抗コリン剤
 消化器官は自律神経によってもコントロールされていて、副交感神経が興奮すると、消化液分泌が亢進して、消化管運動も活発になります。抗コリン剤は、副交感神経を抑制して消化液の分泌抑制、消化器の運動を抑制します。
 胃には痛覚が無いのですが、痙攣などで胃が強力に収縮した時などに、それを痛覚とて捉えます。この時には、胃の痙攣を抑えるために抗コリン剤を使用して副交感神経を抑制すると、痙攣はおさまり胃痛はなくなります。
 臭化ブチルスコポラミン(ブスコパン)、ロートエキスなどが使用されます。副作用としては、他の部分の副交感神経も抑制されますので、排尿困難、口渇、頻脈などの副作用が出る事があります。

3.胃潰瘍治療薬
 胃酸など消化液は、口から摂取した食物を強力に消化します。仮に胃粘膜に防御因子が無ければ、胃粘膜といえじ無事ではすみません。防御因子が不十分な体制のときに胃酸で粘膜が攻撃されると粘膜は傷つけられます。
 胃潰瘍は、ストレスによって自律神経が正常に動かなくなり、消化液と胃粘膜の防御因子とのバランスが崩れる事が原因と考えられてきました。通常、胃酸は食物が胃に入ったときに分泌されるのですが、空腹時などに分泌される事もあります。しばしば、空腹時での胃痛、胃酸分泌などがあり、食物を摂れば楽になるという症状も現れます。
 抗コリン剤は、胃の分泌を抑制し、胃の収縮を抑えます。市販の胃潰瘍の薬には、制酸剤と、痛みを抑えるために、ロートエキスなどがよく使用されています。

 胃潰瘍治療薬としての考え方には、胃酸を抑えるということと、胃粘膜の防御因子を増やすことの二つのアプローチとともに、精神的ストレスが原因と考えて精神安定剤の成分の物も開発され、自律神経安定剤も併用されます。

制酸剤
 胃酸を抑えるものには、胃酸を中和するものと、胃酸の分泌を抑制するものがあります。一般的に制酸効果のある薬品については上述しました。ここでは、胃潰瘍治療薬(胃炎にも使用するものもあります)を紹介します。

ブロッカー
 従来、胃潰瘍治療薬は、胃酸をコントロールする薬をメインに開発されてきました。胃粘膜を攻撃するものが、主に胃酸であると考えられてきたからです。
 胃からの胃酸分泌をコントロールするものは、自律神経以外に、ヒスタミン、ガストリンなどのオータコイド(体内で少量で、大きな生理作用のある物質で、ビタミン、ホルモンでないもの)があります。
 ヒスタミンは、アレルギーなどときに遊離される伝達物質ですがアレルギーや免疫機能に関与するばあい、ヒスタミンの受容体はHレセプターというのですが、胃にもヒスタミンの受容体があり、これをHレセプターといいます。
 胃のHレセプターにヒスタミンが反応すると、胃酸が分泌されます。そこで胃のHレセプターにヒスタミンが結合するのを妨害する物質が考えられました。
 これがHブロッカーという胃酸分泌抑制剤です、Hブロッカーは、現在胃潰瘍治療薬としてメインに使用されています。
 シメチジン(タガメットカイロックなど多数)、ファモチジン(ガスター)、塩酸ロキサチジン(アルタット)、ニザチジン(アシノン)、ザンタック(三共)などがあります。
 副作用としては、ショックなどのアレルギー反応、血小板減少、肝障害、便秘、下痢などがあります。

 副作用は、薬剤によって少し違います、頻脈、除脈など心臓に関するもの、女性化乳房、血液障害、幻覚、めまいなどの中枢症状、胃腸障害を起こすものもあります。しかし、抗ヒスタミン剤(Hブロッカー)は8周以上の長期服用の場合が多く、外来患者の30%近くは胃炎、胃潰瘍であり、そのほとんどの患者に処方されていることを考えると副作用の確率は少ないといえます。

プロトンポンプ阻害剤
 胃壁での胃酸分泌は、胃壁の壁細胞からプロトンチャンネルというところから、水素イオンが排出されます。また、プロトンチャンネルと同時に塩素チャンネルからも塩素が排出され塩酸となります。水素イオンの排出の代わりにカリウムイオンが壁細胞に取り込まれて電気的には平衡を保ちます。
 これをプロトンポンプといいますが、このプロトンポンプでは、水素イオンを壁細胞から外に出す酵素を阻害して、水素イオンが排出するのを妨害します。
 プロトンポンプ阻害薬は、最強の胃酸分泌阻害薬ですが、使用できるのは胃潰瘍で8週、十二指腸潰瘍6週までしか使用できません。それ以上の期間の使用は危険とされています。
 副作用は、ショックなどのアレルギー反応、血液障害や肝機能障害などの副作用があります。

抗コリン剤
 コランチルなどにも抗コリン剤は配合(塩酸ジサイクロミン)されていますが、胃潰瘍ではあまり使用されなくなりました。胃炎では今でも使用されます。
 コリン作動性神経も、受容体は、アセチルコリン以外の薬物にも反応し、ニコチンに反応してムスカリンに反応しない受容体と、その逆の受容体があり、ムスカリンに反応する受容体をムスカリンレセプターといいます。ムスカリンレセプターを選択的に阻害すると胃酸を分泌抑制します。
 臭化チキジウム(チアトン)や、塩酸ピレンゼピン(ガストロゼピン)などがそれで、これらは、胃酸分泌を刺激するガストリンを抑制する事も知られています。
 副作用は、口渇、排尿困難、動悸などです。

防御因子増強剤
 胃壁の防御因子を増強するもので、キャベジン、イサロン、ノイエル、セルベックス、など多数あります。口渇、便秘などの副作用があります。

ヘリコバクター・パイロリ(ピロリ)に対する治療。
 従来は、上述のように、胃潰瘍はストレスが原因とするストレス学説が通説でしたが、胃潰瘍の再発率は高く、長時間かけても治療効果があがりませんでした。もちろんストレス学説にいわれるとおりの原因の胃潰瘍もありますが、ピロリ菌を除去することにより、再発率は1年で60%程度なのが10%未満にまで低下した事で、胃潰瘍はピロリ菌の感染症である場合が多いという事が分かりました。

 ピロリ菌は、アンモニアを作る酵素を出し、粘膜の防御機構を破り、胃酸も中和して、ピロリ菌自体が胃酸のある胃粘膜の上で生活できるようにし、またピロリ菌は粘膜溶解酵素も出し粘膜自体も溶かしてしまうといわれています。しかし、今のところ詳しい事は分かっていません。

 具体的に、ピロリ菌を除菌するには、抗生物質を使用します。また、胃内のpHを上げると、抗生物質の効果が上がり、ピロリ菌の活動を抑制するので、最も強力な胃酸分泌抑制剤であるプロトンポンプを併用し、抗生物質は大容量を2〜3種類使用します。
 抗生物質は、アモキシシリン、クラリスロマイシンが使用されます。

4.その他の治療薬
 いままで、胃潰瘍を中心に述べてきましたが、胃潰瘍に使用する医薬品も、胃炎に使用する医薬品も基本的に同じです。ただし、胃潰瘍にのみ使用が限定される医薬品があるというだけです。
 ここでは、上述したもの以外の治療薬について書く事にします。

抗ドーパミン薬
 神経伝達物質であるドーパミンを阻害することによって、ドーパミンを伝達物質とする神経の作用を抑制するものです。
 視床下部の交感神経中枢(視床下部は自律神経全体をコントロールする司令塔です)を抑制して、交感神経を抑制し、消化管運動を活発にします。また、嘔吐中枢のD2レセプター(ドーパミン受容体)も抑制して制吐作用もあります。
 また、消化管の運動を促進するため便秘薬と一緒に処方されることがあります。
 胃のむかつきなど、胃の運動が弱いためにおきる症状を緩和します。
 ドンペリゾン(ナウゼリン)、ロトクロプラミド(プリンペランなど多数)があります。
 副作用としては、長期連用すると錐体外路障害(錐体外路は、不随意運動をコントロールするところで、ドーパミンを神経伝達物質とします。不随意運動は意識しないでも動作する骨格筋の運動です。)、乳汁分泌、無月経などがあります。パーキンソン病(錐体外路障害)の人には使用しません。

オピオイド作動薬
 オピオイド受容体といわれる中枢神経の受容体で、消化器官に作用するものに作用して、消化官運動を制御します。
 薬品としては、マレイン酸トリメプチン(セレキノン)があり、この薬は、消化器官の運動が亢進しているときは、消化官運動を抑制し、消化官運動が低下しているときは、消化官運動を亢進します。
 胃炎などの、異常な消化官運動を改善するだけでなく、過敏性大腸や下痢にも併用されることがあります。
 副作用は、口渇、めまい、眠気、心悸亢進が出ることがあります。

ろばさんの服薬指導