感染症治療薬
1.感染症治療薬総論
 微生物が発見されるまでは、古来病気の原因がいろいろ考えられてきました。心霊的な原因や、病邪という抽象的なものが考えられていました。
 しかし、微生物の発見によって、次第に病気の原因は微生物であるものがある事が分かってきたのです。
 ペニシリンの発見によって、抗生物質というものが誕生し、広く世界中で使用されるようになりましたが、この後多くの抗生物質が発見、発明され、病気の治療に使用されました。しかし、ペニシリンショックや耐性菌の発現など新たに問題となってきました。
 微生物が原因である病気の場合は、抗生物質で病原菌を退治することが根本治療となります。しかし、病原体たる微生物がいないのにもかかわらず、意味の無い抗生物質の使用は慎まなくてはなりません。
 理由としては、抗生物質にも副作用があることと、耐性菌の出現を招く事、そして、体内の生態系を崩す事があげられます。
 体内の生態系というのは一般的な表現ではありませんが体内には病原微生物もいれば、人間の正常な生命維持に欠かせない微生物もいますし、有用でも有害でもない微生物もいます。
 これらの微生物同士も、バランスを保って生態系を維持しています。そして、この生態系が崩れる事で健康が損なわれる事があるのです。

2.最初の抗生物質の発見
 抗生物質の歴史を振り返っても仕方ないのではと思われるでしょうが、感染症治療に対しての考え方として有用な話だとおもいますので、ここで書く事にしました。
 微生物が発見された頃、この世の中に、どんな微生物がどれだけいるのか、多くの学者が興味を示しました。そして、微生物のいそうな所を探し、たくさんのサンプルを採取して、ゼラチン培地などで、微生物を培養して、顕微鏡でのぞいたりしていました。
 フレミングもそんな1人で、細菌のサンプルを持ち帰り、培養して菌のサンプルを増やそうとしました。しかし、研究員のミスで培地にカビの胞子が混入してしまったのです。
 そのミスのおかげで、カビの胞子の近くでは細菌が成育しなかったのです。ここで、フレミングは、なぜカビの周囲では細菌が増えないのかを考えました。
 そして、ペニシリンが発見されました。微生物は毒素を出して他の微生物を攻撃していたのです。
 そして、その微生物の毒素を利用して病原微生物は退治できないだろうかと考えたわけです。
 ペニシリンの発見後、カビやコケなどから多くの抗生物質が発見されました。しかし、最初は人に対して使用する場合の安全な量がわかりませんでした。ペニシリンショックなどの発現が問題となり、また、いろいろな副作用の発現もみられて、抗生物質の安全な分量が分かってきました。
 また、副作用を抑えたり、耐性菌の発現により、天然の抗生物質だけでなく、それを改良した合成抗生物質もたくさん作られてきました。

3.耐性菌の話
 さきぼどから、私は耐性菌という言葉を使用しています。今日では、MRSAなどのニュースがマスコミで流れて一般でも認知されてきた単語です。
 ここでも、簡単に触れますと、例えばブドウ球菌が1000個いたとして、そこにペニシリンを与えるとします。そうすると、殆んどのブドウ球菌は死んでしまうのですが。1個か2個のブドウ球菌は生き残ります。そして、この数個のブドウ球菌だけが生き残り、増殖します。
 このブドウ球菌が増えたものに、さらにペニシリンを与えると、またしても沢山のブドウ球菌は死んでしまいますが、さらに生き残るものが出てきます。
 最初はなんとかペニシリンに耐えられただけの菌でしたが、抗生物質の使用を繰り返すことにより、だんだん抗生物質に耐えられる菌だけが生き残り、やがて、全く抗生物質が有効でない菌が登場します。これが耐性菌といわれるものです。

4.菌交代症
 抗生物質の効能書を見ると、菌交代症という単語があるとおもいます。これは、抗生物質の副作用のひとつで、Aという菌を退治するために抗生物質を使用した場合、A菌の代わりにB菌の感染症が発現するものです。
抗生物質は全ての菌に有効というわけではなく、それぞれ有効な菌と、無効な菌があります。先の例で行くと、Aという菌に有効な抗生物質を与薬した場合で、この抗生物質がBという菌には無効だった場合、Aという菌は殺すことができますが、Bという菌は殺すことができず、Aという菌は死滅しても、B菌は、そのまま増殖します。そして、B菌が病原性を発現する程度まで増殖した場合は、A菌の感染症からB菌の感染症に変化します。
 多くの場合菌交代症は、ガンジダなどの真菌による感染症が発現します。抗生物質は細菌にのみ有効で、ウイルスや真菌には効きませんから、当然そうなります。
 抗生物質のトローチを慢性的になめていて、舌が黒くなった場合は、口内の細菌が極めて少なくなってガンジダという真菌(カビ)が湧いているのです。
 しかし、細菌がいなくなると、どうして真菌(カビ類)が増えるのでしょうか、これは、項目を改めて詳述します。

5.微生物生育のキャパシティー
 たとえば、シャーレに寒天培地を作り、そこに菌を植えたとします。すると菌は倍々と増えてゆきます。しかし、ある程度増えると分裂が緩除になり、あまり増えなくなります。
 もちろん、寒天培地を菌でいっぱいにするのには無秩序に菌を増やさなくてはなりませんが、ある程度増えると、それ以上増殖しないのは、寒天培地以外でもおなじです。
 理由としては、物理的に個体数が存在しうるスペースが無くなるという事。そして、生育可能なエサが確保できないということがあげられます。
 ところで、天然の状態では、細菌は複数の菌種が存在しています。そして、菌同士は、お互いに毒素を出したり、増殖力の差などで、お互いの菌の生育を抑制していますし、多く分布する菌と、少数しか存在できない菌があります。
 ここに、A菌とB菌があった場合でA菌が9000個いて、B菌が1000個いたとします。時間が経っても、その場所では、キャパシティーの問題から、その数は一定していたとします。合計10000個まで生育できるという設定です。
 ここで、A菌が抗生物質で死滅すると、B菌は1000個のままでしょうか。そんな事は無く、B菌の生育を邪魔していたA菌がいなくなりますので、B菌は最大の10000個まで生育します。
 野生動物の生態系とおなじく、菌同士も、お互いの勢力争いをしていて、弱肉強食の世界を形成しています。したがって、天敵や生育を妨害するものがなくなると、普段は少数派の生物が増殖できるのです。
 抗生物質の使いすぎで、真菌症になるのは、普段は少数派の真菌が、病原性を発現しうるまで生育可能になるからなのです。
 これは、逆もいえるのです。真菌を退治すると、細菌は、細菌の生育を妨害する者がいなくなるのです。
 原則として、抗生物質は細菌にのみ有効です。しかも、抗生物質ごとに有効な菌種は違いますから、病気の原因となる菌に有効な抗生物質を使用しなくてはなりません。
 さらに、真菌症やウイルス感染には絶対使用してはいけません、かえって真菌や、ウイルスの増殖を助けてしまう事になります。
 また、正確に病原体に対応した抗生物質でも使用が過ぎると、菌交代などで、新たな感染症を生み出します。
 細菌というものは、少数では病原性を発揮できません、ある程度の数になってから、はじめて病原性を発現するのです。
 予防として、抗生物質を使用する人がいますが、二次感染予防のために数日使用する以外は、みずから感染症を誘発する行為なので、賛成はできません。

7.抗生物質の各論について
 抗生物質は、さまざまな部分や病名で使用されます。一般的にも概説できますが、このサイトでは、各疾病別に紹介することとします。
 しかし、共通する事は、感染部位の特定と、感染菌の特定、そして、その程度を考察しなくてはなりません。また、患者の過去の薬歴によては、すでに無効なものや過敏症などで使用してはならない場合があります。
 また、抗生物質は必要最小限に使用して、できるだけ回避することは、耐性菌出現が問題になっている今日では心がけられるべきです。
 また、全身的に患者の体に配慮されるべき事もあります。例えば腎臓の弱い患者に、腎障害の副作用の出やすいアミノグリコシド系やセフェム系の抗生物質を安易に出すべきではないというような事も配慮するべきなのです。
ろばさんの服薬指導