企業への忠誠心

サラリーマンのフリーエージェント化

私のいた医療業界では合併、リストラが激しい。
今年も、大手の三共製薬と第一製薬が合併するようだ。

昔、日本チバガイギーとサンド製薬もノバルティスファーマとなった。
激しいところでは東京田辺製薬が三菱製薬と合併し
東京三菱製薬となり、さらに現在では三菱ウエルファーマとなっている。

薬品卸では、もっとすごくて
究極的には全国で3〜4社となると言われている。
大阪薬品→オオモリ薬品→スズケン
エーメイ→東邦薬品→合同東邦
などなど・・・。
おそらく、スズケン、クラヤ三星堂、合同東邦、アルフレッサ、
この4社にまとまると思われるが、まだわからない。

これらの合併はほとんど平成9年以降に起きていて
小さい会社と取引していると、
ほとんど毎年合併で社名が変わったりする。
実際に、毎年のように合併しているケースは多いと思う。

この動きは、薬品業界や銀行で顕著だが
それは、私のよく知る範囲ということで、他の業界でもあるだろう。

企業同士の合併というと双方の企業が、
それぞれを必要として合意のもと対等合併ということもある。
しかし、ほとんどは大きな会社が小さな会社を飲み込むもので
吸収合併であったり、いわゆる企業買収ということになる。

以前のライブドアの時にも書いたが
普通は買収される企業の人間は、
ニッポン放送のようにものを言うことができず、
あっさりと従うしかない。

これらの企業では合併すると、
同じ部門とか同じ地区の営業所というものがダブり
人員も余ってしまう。
実際に銀行のときに言われたが営業所の整理、
人員削減の合理化がメリットと言われ
マスコミの論調でも、
不良債権処理のためにそうすべきという論調が目立った。

「銀行憎し」という感情論から
そういうことが正当かのように言われたが、
職を失う者からすると、たまったものではない。

ニッポン放送の事件のときにマスコミが言うことは
他の世界なら合理化は当然、自分達の知る場合は残酷というもので
おかしな話だと思った。

話を元に戻し、ここからは一般論なのだが。
このように合併に伴いリストラする企業としない企業があるが、
実際はリストラというケースが多いだろう。

期間を区切って同一ポストに2人を付け
成績の悪い方が退社という場合や、
吸収された方の社員はほとんど退社という場合もあったし。
人情のある会社は、吸収された社員を一律昇進させた上で退社という
履歴書に配慮したところもあった。

ところで、合併後に事務職の人がトラックでの配送とか
配置転換という場合もあるが、
人員整理にあたっては、自主退社という方法が多いだろう。
リストラになるよりは、割り増し退職金など
退社した方がいいという人もいるし
吸収する側の会社の社員でも、
新しい会社のやり方が気に入らないという人もいるだろう。

昔、ニュースになったことだが
早期退職を募集すると、優秀な人から辞めてゆくことが多い。
1つの会社に居ても、社名が次々変わり会社の内容も変わるので
社への忠誠心がもちにくかったり
合理化で、人員整理も激しくなり、以前の終身雇用でなく人が流動化し
会社と社員の関係が希薄となってきたと思う。

新会社法が施行されると、今より一層、M&Aが促進され、
この傾向は強くなる。

優秀な人が、次々好条件で動き、会社全体も合理化し
日本全体の競争力というのはついてくる。

これが、いいことか悪いことかは別にして
個人が自分の力によって報酬を得る時代になってきたと言える。


終身雇用制は成立するか

昨日、サラリーマンのフリーエージェント化ということを書いた。

実際に、私の周囲で、ある会社のセールスが
次に来たときに違う会社のセールスになっていたということも多く、
だいたいは、例えば課長から課長へという横滑りが多い。

先日の記事は、唐突だったけれど
実は、先日のJR西日本の事故関連の記事を書くのに
その前提として書いていて、今日のも前提の記事だ。

かつて我が国は終身雇用制が定着していた。
昔の高度成長期ではモーレツサラリーマンという人たちがいて
会社への忠誠心も高く、今で言うサービス残業さえいとわなかった。
いや、公私ともに会社の人間として会社につくした。
その代わり生涯の生活を保障されたわけだが、
これは単にお金や生活保障だけの問題ではなかった。

というのは、経営者には経営理念も目標もあった。
たとえば、家や橋を作るなど街造りをすることによって
社会に貢献できたり、街が発展する姿を見て
自分達で未来を作るという自負があり
単にお金を貰うというだけでなく、
自分の夢を実現してゆくということがあったように思う。

テレビ、冷蔵庫、洗濯機など
人々の生活を便利にするという行動さえ
それらよって社会に貢献して
人々の生活を豊かにするという使命感があった。

小さいところでは、自分の会社が発展してゆくことも
いちサラリーマンでも共有することができたのである。

実は、この構造は最近まで維持できていたのであるが、
合併を繰り返すことによって会社の同一性が害させたり
デフレによる経費節減で合理化が進み、
社員の待遇が過酷になり、
挙句にリストラで職種転換、解雇など
終身雇用という点で裏切られるようになった。

経費節減で適正人員というのは正しいのだが、
社員にサービス残業をしないといけないような無理な人員配置があり
会社への忠誠心を従業員に押し付ける。
「仕事は金だけではない、社会への使命だ。」という言葉は
経営者がサービス残業を正当化するために使う口実になったりしいてる。

もっとも、こういうのは、
そういう無理をしないと競争に勝てないので経営者も仕方ないのだが、
価格競争のみしかプレミアムを付けられないという意味では
再考が必要であろう。
ただ、これは現場と経営との乖離という点では見過ごしできない。

今回のJRのダイアでも、
運転手が全区間制限速度ギリギリで走ってやっと守れるという
机上の空論で作成されたものだそうだが
現場の実務と上層部の連絡がない一例であろう。

これは、現場の業務に支障が出るというだけでなく
一般社員にとっても、会社への忠誠心を日々削いでゆくものである。

ある理念によって、経営と現場が夢を共有できなくなったということは、
生涯の生活保障がなくなったということと同様
会社への忠誠心をなくし、会社にも社員にも不幸なことなのだ。

私見では、個人主義を重視して、会社への忠誠心は重視しないが
会社への忠誠心を重視する立場の人の理由も
それなりに意義があることなのであり
やはり、会社と個人の結びつきが薄れるのは不幸なことであろう。  


企業への忠誠心

先日の記事で企業への忠誠心について少し触れた。

終身雇用というものがあったが、
企業人はそれだけでなく
会社の仕事を通じて自分の夢を実現するという社会状況もあった。

街が発展し、立派な橋や建物が建つなど
テレビなど新しい商品を提供して人々の生活を充実させ
自社が大きくなっていく様子も社員の喜びであったと思う。

それは、会社が強要したものではなく
自然発生に近い形で与えられたように思う。

ところが、現在では、終身雇用制が維持できず
社員の忠誠に報いることができなくなつた。
もちろん、そのような生活保障の面だけではない。
昔はサービス残業は社員が自分の夢や使命感でしていたことが多かったのに対し、
今では、忠誠心や「仕事をするのはお金だけではない。」という言葉は、
経営者が、無理な合理化を進めるために利用しているだけに
使われているようにさえ思える。

もっとも、合併や企業の変化というものは、
同一の社にいるという一体感を損ねるし、
ましてや吸収された会社の側の人間にとってもそうだろう。
特に、それが表出するのは合併する両社の賃金体系が異なり
それらをすり合わせるときに実感されてしまう。

そういうことが毎年のように続いて
社員の忠誠心が保てるか、
いい替えれば、社員が自分の夢を公私ともに実現できる場を提供しうるか
ということになる。
これは合併後の会社がうまくいくかどうかにかかっていると言える。

私は、つぶさにいろいろな会社を検討したわけではないが、
あまり成功していないと思えることもある。

もっとも、サラリーマンと会社が自由な契約関係で
忠誠心や一体感は必要でないと考えても
それはそれで別の価値観、方法論であり
あながちデメリットばかりではないと思う。  

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